吉川氏由来の歴史建造物

錦帯橋

岩国吉川会 錦帯橋の写真

 岩国第三代藩主の吉川広嘉公は1673年に錦帯橋を架けましたが、残念ながらすぐに流失しました。改良を加えて翌年再建された錦帯橋は1950年9月にキジア台風による洪水で流失するまで276年間、架替えを繰り返しながら威容を保ちました。流失後、市民の強い要望により、1953年に再度、木造の錦帯橋として再建されました。

 平成13年度(2001)から平成15年度(2004)にかけて、劣化した木造部分を架け替える「平成の架替事業」を行い2004年3月、装いを新たに完成、訪れる人を魅了しています。

岩国城

岩国吉川会 岩国城の写真

岩国城は初代岩国領主・吉川広家(きっかわひろいえ)公によって慶長13(1608)年に作られた三層四階の桃山風南蛮造りの山城です。

 築城後8年で一国一城制により取り壊されました。現在の天守は昭和37(1962)年に再建されたものです。

 天守閣内に錦帯橋の精密模型、写真、武具や甲冑などを展示しています。天守閣は展望台になっていて吉香公園、城下町、錦帯橋から岩国市内一面、岩国航空基地、岩国錦帯橋空港、宮島をはじめとした瀬戸内海の島々や四国までが一望できます。


錦雲閣

岩国吉川会 錦雲閣の写真

 錦雲閣 (きんうんかく) は、明治18(1885)年、旧岩国藩主吉川家の居館跡が公園として開放された際、旧藩時代の矢倉に似せて造られた旧岩国藩主吉川家の歴代を祀る吉香神社内にある絵馬堂です。

 吉香公園の堀に面して立つその姿は大変風情があり、まるで一幅の日本画を見るようです。平成12年(2000)年2月に岩国市の登録有形文化財となりました。